最高裁判所第二小法廷 昭和24年(オ)166号 判決 1953年10月16日
愛知県碧海郡依佐美村大字小垣江字御茶屋下六四番地ノ一
上告人
高須きみ子
右訴訟代理人弁護士
早川浜一
被上告人
国
右代表者法務大臣
犬養健
被上告人
愛知県知事 青柳秀夫
右当事者間の買収無効確認等請求事件について、名古屋高等裁判所が昭和二四年四月二六日言渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告理由について。
一、本件池沼は、自作農創設特別措置法(自創法と略称する)一五条一項一号にいわゆる農業用施設であり、かつ、本件農地(小栗新田)の利用上必要なものであることは、原判決が証拠によつて確定したところであつてこの点を争う論旨は、結局原審が適法にした事実の認定を攻撃するに帰着するのであつて、適法な上告の理由とならない。
一、原判決は自創法一五条の法意を以て、所論のように、「公共のため用うる客観的、且具体的必要性あるを要せず、単に農業用施設なれば買収し得る法意」であると解釈したものでないことは、原判文上明白である。従つて、原判決が右のごとき解釈をしたことを前提とする所論は採用の限りでない。
一、原判決は、本件池沼の買収は、本件農地につき自作農となるべき者の申請にもとずくものであること、及び右池沼は、本件農地の利用上、所論にいわゆる客観的、具体的に必要なもので、たとえ池沼の所有者の意思に反しても、農地のために、これを買収する必要ありと判断したことは、原判文上、明らかであつて、所論は原判決の趣旨を正解せざるものというの外なくこの点に関して原判決に、所論のような違法ありとすることはできない。
一、本件池沼買収の対価が過少であるとの論旨については、右対価の額に不服あるものは、同法第一五条三項、一四条に基いて、その増額を請求すべきものであつて、右対価がすくな過ぎるからといつて、本件買収処分を当然に無効とし、又は、買収処分の取消を請求することはできない。(かつ、対価の点に関する原判示も相当である)
一、原判決が国の代表者として愛知県知事を掲記していることは、昭和二二年法律第一九四号「国の利害に関係のある訴訟についての法務総裁の権限に関する法律」の附則に基くものであつて、「国の代表者法務総裁、指定代理人愛知県知事」の趣旨に解すべきであるから、この点に関する論旨も亦採用することはできない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に依り主文のとおり判決する。
右は全裁判官一致の意見である。
(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎)
昭和二四年(オ)第一六六号
上告人 高須きみ子
被上告人 国
同 愛知県知事 青柳秀夫
上告代理人亀井正男ノ上告理由
一、海岸堤防ニ沿ヒテ五町三反二十歩ニ水ヲ湛へ茫洋タル本件池沼ハ上告人カ所有シ父祖三代ニ亘リ之ニ於テ養魚ヲ営ミ来リタレハ少クトモ価格数十万円ノ魚族ヲ擁スルモノヲ被上告人ハ二十五六町歩ノ通称小栗新田ノ農業用施設トシテ僅ニ五千二百八十一円ノ対価ヲ以テ買収シタルハ不法且不当ナリトスルカ本件訴旨ナリ而シテ自作農創設特別措置法カ耕作者ノ地位ヲ安定シソノ労働ノ成果ヲ公正ニ享受サセルタメ自作農ヲ急速且広汎ニ創設シ以テ農業生産力ノ発展ト農村ニ於ケル民主的傾向ノ促進ヲ図ルコトヲ目的トシ(第一条)之カタメ農地ハ一定ノ限度ニ於テ当然買収スル(第三条)コトハ概ネ公共ノタメ用フルモノトシテ妥当ナルカ如シ然レトモ農地ニ非サル農業用施設、土地又ハ建物ノ如キモノノ買収ハ必スシモ右ノ目的ニ合致シ従テ公共ノタメ用フルモノト做シ難キヲ以テ同法ニ於テ農地カ当然機械的ニ買収セラルルノトハ異ナリ此レ等ノモノハ買収スル農地ニ就キ自作農トナルヘキ者又ハ当該農地ニツキ所有権其ノ他ノ権利ヲ有スル者ノ意思ニ基クヲ要シ且公共ノタメ用フル客観的且具体的必要性アルヲ要スルモノトシ(第十五条)具体的事情ヲ判断シテ無理ノナイ様ニ運用セシメル(木村〓二著農地法解説一九八頁参照)ハ固ヨリ其所ナリ、然ルニ憲法第二十九条第一項ニハ「財産権ハ之ヲ侵シテハナラナイ」ト原則ヲ定メ同条第三項ニハ「私有財産ハ正当ナ補償ノ下ニ之ヲ公共ノタメ用フルコトカ出来ル」旨ノ唯一ノ例外ヲ定メルヲ以テ若シ夫レ自作農創設特別措置法第十五条カ権利者ノ意思ニ基クヲ要セス尚又公共ノタメ用フル客観的且具体的必要性アルヲ要セス単ニ農業用施設ナレハ買収シ得ル法意ト解釈スレハ同法条ハ該憲法ノ規定ニ違反シ其ノ法条自体無効(憲法第九十八条)ナルニヨリ此ノ解釈ノ下ニ原判決カ之ヲ適用シタルモノトスレハ同判決ハ憲法違反ヲ冒シタルモノナリ、而シテ原判決カ権利者ノ意思ニ基クヲ要シ尚又公共ノタメ用フル客観的且具体的必要性アルヲ要スル法意ニ解釈シ同法条ヲ適用シタルモノトセハ当ニ同法条ノ要求ニ相応スル理由ヲ具備セスシテ判決ヲ下シタル違法ニ坐スルナリ即チ元来自作農創設特別措置法第十五条ハ農地ト之カ常用ニ供セラルル農業用施設トカ同一所有者ニ属スル所謂主物従物ノ関係ニ在ルカ如キ場合ニ於テ農地ヲ買収セラレ之カ従物的関係ニ在ル農業用施設ノミ残留所有スルモ利用効率ヲ挙クルヲ得サルトキ同所有者ノ意思ニ基キ又仮令其ノ意思ニ基カス買収セラレタ農地ニ就キ自作農トナルヘキ者ノ希望ニ因リ買収スルトスルモ客観的ニ所有者ノ権益ヲ害スルコト甚シカラスト認メラルル際ニ之ヲ買収スルコトカ公共ノタメニ用フル客観的且具体的必要性アルトセラルルトキ始メテ斯ル農業用施設ヲ買収シ得ルモノトスル法意ニ解釈シ(農学博士橋川渉著農地法精義一三五頁参照)憲法ノ所有権不可侵原則トノ調和ヲ保ツヘキモノナリ、而シテ古来存セシ本件池沼ハ之ニ隣接セル農地若干ニ対シ自然ニ塩除ケ的ノ作用ヲ及ホシ居タルニ過キスシテ之ヲ農用施設ト看ルヘキニ非サルトコロ仮ニ之ヲ別ニ措クモ所有者タル上告人カ該池沼ノ埋立等ノ挙ニ出テ塩除ケ的ノ自然作用ヲ阻ムカ如キ恐慌ヲ来サシムル場合ニハ或ハ之カ防止ノタメ所有者ヨリ之ヲ奪フヘキ一理モ考ヘラレサルニ非サルモ上告人ハ父祖三代ニ亘リ該池沼ニ於テ養魚ヲ営ミ引続キ水域トシテ存続セシムル事態顕著ナレハ何等塩除ケ的ノ作用ニ支障ヲ来サシムルコトナシ、然ルニ原判決ハ条文ノ辞句ニ拘泥シ本件ニ於テ(一)該池沼カ農業用施設テアルカ何ウカ(二)農業用施設トシテモ農地利用上ノ必要性カアルカ何ウカヲ見ヨウトシ之カ判断ノミヲ下シテ所有者ノ意思ニ反シテマテ其ノ所有権ヲ剥奪スル公共ノタメニ用フルノ客観的且具体的必要性ニ対シテハ判断シ居ラサル違法ノ廉アリ、即チ原判決ハ本件池沼カ農地ノタメ塩除ケ的作用ヲ受ケル必要ノアルモノ、底土ヤ浜泥ヲ農地ニ施肥スルタメ舟行ニ役立ツコト、塩除ケ的機能ヲ十分発揮セサルタメ池沼内外ノ泥土ノ堆積水草類ノ繁茂扉門開閉ノ障害等ヲ極力防止セネハナラヌカ、之ハ養魚ノ目的ト一致シナイコト、殊ニ竹簀ノ設置アツテハ右機能ヲ一層阻害スルコト杯ノ事実認定ヲシテ結局上告人個人ノ所有ニ委ネテ置クコトハ適当テナイトノ判断ノ下ニ此ノ理由ヲ以テ憲法ニ依リ保障セラルル所有権ヲ易々剥奪スルヲ肯定シタリ。
然ルニ閘門ノ前面ニ魚族ノ逸失ヲ防クタメ範囲広ク設置シタル竹簀ハ約五分ノ間隙アルモノナレハ水ノ疏通ニ殆ント全ク支障ナク(顕微鏡的観測スルハ格別)水ノ交流及ヒ泥土ノ浚渫ハ養魚者ニ取リテモ望マシキコトナレハ上告人側ニ於テ水草ノ除去障害物ノ取除キ杯ニ注意ヲ怠ラサリシノミナラス農耕者ニ対シ泥土浚渫竝ニ舟ノ貸与ヲ開放シ又竹簀ノ一部ヲ開閉式ニシテ舟行モ可能ナラシメ居リ斯ル協力的態度モ一派農民ノ養魚ニ対スル嫉視羨望ヲ挫クニ足ラス遂ニ多衆ノ力ヲ以テ農地改革ノ美名ニ便乗シ之ヲ剥奪セントスル策謀ニ出テタルモノナルニ拘ラス頼ム裁判所カ憲法ニ依リ保障セラルル所有権ヲ何等公共ノタメ用フル客観的且具体的必要性ヲ確定スルコトナク単ニ個人所有ニ委ネ置クコトハ適当テナイ旨ヲ以テ之ヲ保護セサルニ至ツテハ上告人一家相擁シテ天ノ悲運ニ泣クノ外ナキヤ、併シ所謂憲法ノ番人トシテ国民ノ信頼スル最高裁判所ニ於カレテハ速カニ斯ル不法不当ノ原判決ヲ破毀セラルルヲ疑ハサルナリ。
以上
昭和二四年(オ)第一六六号
上告人 高須きみ子
被上告人 国
同 愛知県知事 青柳秀夫
上告代理人亀井正男ノ上告理由(追加分)
二、農業用施設ノ買収ハ自作農創設特別措置法第三条ノ規定ニ依リ買収セル農地ニ就キ自作農トナルヘキ者又ハ当該農地ニツキ所有権ソノ他ノ権利ヲ有スル者ノ申請ニ基クヲ要ス、即チ斯ル適式ノ申請アルヲ前提トシテ先ツ市町村農地委員会ニ於テ買収計画ヲ樹テ之ニ対スル異議訴願ノ一定期間ヲ経過シテ後都道府県農地委員会ノ承認ヲ受ケテヨリ始メテ地方長官カ其ノ買収ヲ為シ得ルヲ順序トス(同法第一五条第六条第七条第八条第九条)然ルニ本件池沼ノ買収ト関係農地ノ買収トハ共ニ同日タル昭和二十二年七月二日ニシテ前叙法定ノ方式ト順序トヲ践マサリシコト顕著ナルニ拘ラス上告人ノ抗弁ヲ漫リニ排シ輙ク本件池沼ノ買収ヲ適式有効ト断シタルハ違法ナリ。
三、私有財産ヲ公共ノタメニ用フルニハ正当ナ補償ノ下ニ行ハネハナラヌコトハ憲法ノ保障スル所ナリ而シテ本件池沼ハ茫洋ト水ヲ湛フル五町三反二十歩ノ広大ナルモノニシテ之ニ父祖三代ニ亘リ飼養セル魚族カ不可分的ニ抱擁セラレ常識的ニ金五千二百八十一円見当ノモノニ非サルコトハ当ニ反証ナキ限リ了知シ得ヘキ問題ナリ然ルニ原裁判所ハ之ト逆ニ池沼ノ買価ハ反対ノ立証ナイカキリ第十五条第三項ニヨツテ時価ヲ参酌シテ定メラレタモノト推定スヘキテアルカ之カ不当ニ廉価テアツテ正当ナ補償トスルニ足ラナイトイウ点ニツイテ上告人ハ何等他ニ具体的ナ事実ヲ示シテ之ヲ立証スル所カナイカラ其ノ主張ヲ是認スル訳ニハ行カナイト判示シタリ然レトモ原裁判所ノ右判断ハ順序ヲ顛倒セル誤リアルノミナラス上告人従来ノ主張立証セル所ニ拠リ父祖三代ニ亘リ養魚ヲ為シ尨大量ノ魚族ヲ不可分的ニ抱擁セル事態ハ強テ眼ヲ蔽ハサル限リ分リ切ツタコトナレハ僅ニ五千数百円ヲ以テ正当ナ補償ト推定スルカ如キハ非常識極マル違法ナルモノナリ。
四、被上告人国ノ法定代理人ハ其ノ当時ノ法制ニ依リ法務総裁ト解スヘキナリ、仮ニ然ラストスルモ少クトモ地方長官ニ斯ノ法定代理権ナキコトハ明ラカナリ然ルニ原裁判所ハ愛知県知事ヲ被上告人国ノ法定代理人トシテ其ノ訴訟行為ヲ容認シ之ニ対シ判決ヲ下シタルハ法定代理権欠缺ノ抗弁ヲ以テ攻撃シ得ヘク原判決ハ破毀ヲ免レサルナリ。
以上